ダニエル太郎 エイブル所属 テニスプレーヤー

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ダニエル太郎 Special Intervew 2014 ①

インタビュアー/岩瀬孝文   写真/長屋和茂
2014年6月よりエイブルの所属選手となったプロテニスプレイヤー、ダニエル太郎選手。
今季メキメキと頭角を現し、世界ランキングも自己最高位155位まで上げた。
日本を代表するトッププレイヤーであり、世界のトップを目指す21歳の若きアスリートの素顔にせまる特別インタビュー連載。
1回目は、ダニエル太郎選手の“これまで”に迫ります。
―13歳の頃からプロとしての生き方を目指して
Q.ニューヨークご出身とのことですが、小さい頃の思い出などは?
お父さん(アメリカ人)の仕事の関係でニューヨークに住んでいたのですが、
ニューヨークは生まれて数か月いた程度なのでほとんど記憶はありません。
日本に来てからは埼玉県久喜市の幼稚園に通っていたことはよく覚えています。
その頃はテニスのことなどは全く考えていませんでした。
仮面ライダーとか結構好きでしたね(笑)
Q.今はスペイン在住ですが、いつごろからスペインに移住されたのですか?
小学校6年生ですから、12歳のころですね。
Q.テニスを始めるキッカケとは?
テニスを始めたのは7歳くらいです。お父さんが埼玉県加須市にある武蔵野村ローンテニスクラブのメンバーで、週末にテニスをやっていた関係で僕も始めました。最初の頃はあまりテニスが好きではなかったことを覚えています。スポーツにはあまり興味がなかったです。
Q.その後本格的にテニスのメッカであるスペインに移住するわけですが。
12歳の頃にはテニスもうまくなっていて、全日本の大会でも準決勝とか行くようなレベルになっていたから、13歳の頃にはテニスでプロを目指す生き方を目指し始めたという感じです。
Q.スペインに移住してから、日本との違いなどは感じましたか?
13歳から16歳くらいまでは、スペインはあまり好きではなかったというか、良い印象がありませんでした。もともとお父さんがヨーロッパ、とくにスペインに住みたいという強い希望を持っていたので、家族みんなが連れて行かれた、というのが実情で(笑)。
Q.スペインはどちらにお住まいですか?
バレンシアです。地中海に面したとても気候の良いところです。
Q.にもかかわらずスペインが好きでなかったというのは?
移住した当時は友達もいないし、学校ではなくテニスアカデミーにしか通っていなかったから、そこには18歳から20歳くらいまでのロシア人のプレイヤーしかいなかくて僕と同じ年の人もいなかったということもあってそれが結構きつかったですね。その年ではあまり大会にも出場しないし、スペインでずっと練習しているのもきつかったというのもありますね。アメリカに住みたいなとか、日本に帰りたいな、という思いでした。
Q.どうしてアメリカなのですか?
テニスがどうということではなく、考え方が自分に合っているように思うし、カリフォルニアには父方の家族もいるので、友達も作りやすいのではというもあるし、いいところだからということもありますね。
Q.スペインのアカデミーはいわゆるテニスの養成学校という形ですか?
僕が始めたときは20~30人くらいの選手がいて、ほとんどロシア人でした。
当時サフィンもいたし、ロシア人の強い選手がいた関係もあったと思います。
その関係でロシア語もできるようになり、会話程度はできるようになりました。
Q.それで友達になれたという感じですか?
東ヨーロッパの人達は最初冷たい印象があって、もちろん優しい人たちもいるけれど、年齢差のこともあってあまり仲の良い友達という感じではなかったですね。
Q.現在の年間のスケジュールはどのような感じですか。
グランドスラムに合わせてオーストラリアのプリパレーション(予選)大会に出て、そのあとできたら南アメリカのクレーの大会にも出るようにして、それ以外はコーチと相談しながら大会スケジュールを組んでいきます。やはりグランドスラムとそのプリパレーション大会に出ることが中心ですね。
Q.どこか相性の良い大会などあるのですか?
やはりオーストラリアのメルボルンも良かったし(2014年予選3回戦まで進出)、ニューヨーク(2014年自身初の本戦1回戦進出)も大好きです。メルボルンはすごくきれいだし若い人もたくさんいるし、アジア人も結構多いし人も優しいですし。大都会のニューヨークも楽しいです。


2回目へ続く…
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